作品 西藤定「Spoken, Written and Printed」 http://shiika.sakura.ne.jp/works/tanka/2017-07-01-18578.html
評者 川島結佳子
一読して就職活動中の連作であろう、と思う。美大に通いポーズでしか就職活動をしていなかった私にとって、就職活動がどのくらい大変なのかは想像するしかないのだが、社会に出る第一歩としてとても重要な場面であるはずだ。
待ち合わす大手町駅ありえない方から風が実際に吹く
大手町駅は広く、迷路のようであり、出口もたくさんある。オフィス街であり何処も似たような景色だ。同じような広い駅でも渋谷ならハチ公、新宿ならアルタ前など待ち合わせとなる目印となる場所があるが大手町にはそれがない。そこを待ち合わせ場所にするということは恐らく親密な誰かとの待ち合わせなのだろう。また、迷路のような駅であることから何処から風が吹いてもおかしくはない。「ありえない方」の言葉に特別な期待感がある。
「おい、じじい」ときみは呼びくる藤色のUSBを差し出しながら
「おい、じじい」の呼び方で一首目の親密さが強調される。作者がどういう人物であるのかも想像できる。USBというアイテムは現代的でありながらも「藤色」であることが初句のあだ名と響きあっている。
自立する書類カバンに買い替えて公衆トイレでそこを見ていた
自立する書類カバンに自分を重ねている。公衆トイレは不特定多数人が使う場所であり、自分が「個」から不特定多数に混ざっていくような印象を受ける。「そこ」とは何処の事だろう。自立している未来だろうか。
きみが善いことをしたからにんべんのなかのなかむらさんからはがき
「きみが善いことをした」と言いきる作者に優しさを感じる。「にんべんのなか」のにんべんを発見できるのも作者の人柄の良さが出ている。
読むために書くのだろうか履歴書の性別欄を最初に埋めて
全体の連作の中で一番「はっ」とさせられたのがこの一首である。履歴書は誰かに「読まれる」ために書くのであり自分で「読むために書く」と考えた事がなかった。確かに履歴書を書くと今までの自分の歴史を改めて振り返ることが出来る。性別欄を埋めるのは履歴書を書く上で最も簡単な作業である。昔、テストを受ける時に「簡単な問題から解いていきなさい」と言われた時のような懐かしさを感じる。
買いたいと思ったらもう買っているおはぎ、おはぎは米の惑星
「おはぎは米の惑星」という比喩に脱帽する。確かに形、表面のでこぼこさは惑星によく似ている。「買いたいと思ったらもう買っている」にスピード感がある。おはぎは手軽に支配できる惑星なのかもしれない。
間がわるく手で押し返す自動ドアその手ごたえで「やれます」と言う
これは分かる!恐らくあるあるである。回転式の自動ドアであろう。手で押している人を何回も見たことあるし、私も実際に押したことがある。自動ドアを手で押すことは世の中の流れに任せず自分で生きていく、という決意であろうか。結句の「やれます」というきっぱりとした物言いに気持ちが表現されている。
花びらが流れてきてもこれは豪、あなたが見たいのは神田川
この「豪」は恐らく皇居の堀の事であろう。堀に浮かぶ花びらは何処へも行くことが出来ない。「神田川」と聞くと南こうせつとかぐや姫の「神田川」を思い出す。作者は何も怖くないのだろう。あなたの優しさ以外は。